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横浜ウォッチャー

All About横浜 ガイド・タナベのブログ。横浜で見た・聞いた・食べたことをさくっと綴ります。

「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」 篠山紀信さんが横浜美術館で語った撮影秘話とは

1月4日から横浜美術館で始まった企画展「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」。初日の開会式には写真家 篠山紀信さんが来館、ギャラリートークを行いました。自ら写真の前で解説、撮影時のエピソードを披露してくださったようすを紹介します。

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▲作品の前で当時にエピソードを披露する、写真家 篠山紀信さん(2017年1月4日撮影)

 

三島由紀夫 1968年、三島由紀夫 1969年
「死」というものに向かっていくドキュメンタリーのような写真

亡くなる1年前に撮った写真なんです。ご遺族に許可をとられて、雑誌に発表されているので、今回(この写真を)出したんですけれど。《聖セバスチャンの殉教》という有名な絵があるんですけれど、それを真似て……、三島さんの要望で撮りました。この写真を気に入ってくれまして、この後、「死ぬ恰好をするから、それを撮って、写真集にしたい」と。オートバイにひかれたり、出刃包丁を持って「魚の気持ちになってもだえているところを撮って」と言ったり、まぁ、映画の宣伝スチールのような残酷な場面を撮るわけですよ。「血ノリはマックスファクターの3番がいいんだよ」とか。こういうシーンを撮る時は、ちっともノッてないんですよ(苦笑)。

 

で、15カット撮影して、最後のカットを撮って、2週間後にああいう亡くなり方をしたという。僕が映画のスチール写真だと思って撮っていたものが、実は、三島さんが「死」というものに向かっていく、ドキュメンタリーのような写真であったというわけです。未発表のものもあります。残酷なシーンもありますから、ご遺族の方を慮って、写真が世に出せなくなってしまいました。ですが、どんどん時間が経って、三島さんを知る方もだんだん亡くなっていきますし、「お前だけ、貴重な写真をかかえて何事か!」と怒られることもありますし、なるべく近いうちに写真集にして出そうかと考えています。

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▲「GOD」セクションの展示の様子。左から、夏目雅子 1982年、大原麗子 1988年、三島由紀夫 1968年、三島由紀夫 1969年(2017年1月4日撮影)

 

大原麗子 1988年:「あたしがきれいだったらそれでいいんだから」

これ、きれいですけれど、遺影感があると思いません? が、遺影として撮ったものではありません。NHK大河ドラマのポスターを撮ってくれって、頼まれたものなんですね。その役の衣裳を着て撮るのが普通ですけれど、「衣裳なんて、いいのいいの。あたしがきれいだったらそれでいいんだから」と(大原さんが)そう言うんで、「じゃあ、私がきれいに撮りましょう」って撮ったら、本当にきれいに撮れたんですよ、これが。大原さんがものすごく気に入られていたんですけれど……、その後亡くなられました。これが本当に遺影として飾られたんです。この写真、東京の展覧会の時には、天井が真っ黒の中に展示されて、浮かび上がるように見えていたんですね。ある日、おばあさんが、この写真の前で手を合わせていて。拝んでいるんですよ。で、翌日から、この写真の前に賽銭箱を置いてやろうと(場内大爆笑)。そしたら、すごくお金が入って……というのは冗談ですよ(笑)。拝むところまではホント。

 

勝新太郎 1992年:「座頭市、出所」後の決意表明

勝さんが、履いている下駄をポーンと飛ばしている写真。後ろに見えるのは都庁です。勝さんは不思議な方でね、パンツの中に白い粉を入れて、つかまったりする方なんでね。で、しばらく活動を休止していたんですね(笑)。で、出てきたんで、篠山くん、週刊誌に載るので、何かいい写真を撮ってくれないかと(笑)。10数ページの特集で組んだうちの1枚です。タイトルは……「座頭市、出所」(場内大爆笑)。なぜ都庁かといえば、当時、東京で一番高い建物が都庁だったんです。下駄をポーンと飛ばすのは、約束はなかったんですよ。で、勝さんが飛ばした瞬間をとらえた、カメラマンのうまいこと!(場内爆笑)。都庁が、一番高い、権力の象徴だとすれば、「オレは負けないぞ。これからがんばってやるんだ」という、決意表明のような一枚になったという写真であります。

 

山口百恵 1977年:こんな色っぽく撮れると思わなかった

当時の大スターですからね、撮影でまる1日スケジュールをとってもらうのは難しいだろうと、明星とか少年マガジンとか、100万部とか150万部とか発行していた雑誌の3誌分の表紙と巻頭グラビアの企画を持ってオファーに行きました。「それならば」と、スケジュールをとってもらえました。少年マガジンは「百恵、泳ぐ」という企画で、水着を着てもらって、プールで泳いでいるところを撮影して。だんだん日が暮れてきて。夕日でいい感じになって。なぜかそこに沈みかけたボートがあって「百恵さん、ちょっと横になってみない?」と言ったら、「はい、いいですよ」って横になって。それで撮ったら、まぁ色っぽいこと! こんな色っぽく撮れると思わなかった。名作中の名作ですね。この写真でみんなが聞くんですよ。「百恵になんて言ったの?」「どうやって撮ったの?」と。「いやぁ~百恵さんは、単に疲れてたんじゃないの」と(笑)。そういう表情を逃さないというのは、写真のおもしろさですね。

f:id:travelyokohama:20170119014343j:plain山口百恵 1977年、吉永小百合 1988年の前で撮影エピソードを語る、篠山紀信さん(2017年1月4日撮影)

 

吉永小百合 1988年:名女優というのは動物にも好かれる

映画『つる─鶴─』のポスターのために撮った写真です。北海道の、ツルが越年する場所へ行って。ツルは人間が近づくと逃げちゃう。でもね、小百合さんが近づいても逃げないんですよ。ツルと一緒に撮った写真もあるんです。名女優というのは、人間だけじゃなくて、動物にも好かれるという、証拠写真です。

 

後藤久美子 1988年:美術館だからこそ発表できた驚くサイズの写真

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後藤久美子 1988年は長さ9mにもなる作品。4人の後藤久美子さんが登場しています(2017年1月4日撮影)

 

これは4枚の写真を合成──シノラマと呼んでいますが──そういう写真です。僕はこの写真を熊本の美術館で初めて見た時に、驚きましたよ。「おおお~」って。見たことない、こんなに大きい写真は。写真集だとせいぜい観音開き、90cmぐらいのもんですよ。これは9mありますから。ぐわ~ってすいこまれていくような感じがしますよね。やっぱりこれは美術館だな、すごいなと。美術館のことを「写真の死体置き場だ」と僕は言っていたんですが、とんでもない(笑)! 美術館ならでは、美術館だからこそ発表できる作品です。

 

歌舞伎のシリーズ:最先端の技術を使った「現代の浮世絵」

ここにずら~っと並んでいるのは、歌舞伎役者のポートレートです。舞台の、お客さんがいる中で撮影したものです。僕はどこにいるかと言えば、一番後ろ。相当な距離があるんですが、こんなにアップに撮れている。デジカメを使っているから、こういうことができる。1200mmの望遠レンズを使っています。でも、それはあんまり明るくないレンズ。F8ぐらいです。フィルムだと感度が上げられない。でも、デジカメだと12800とか、信じられないぐらいの感度にできる。僕は、これらを現代の浮世絵、芝居絵、そういうものを目指して撮りました。写楽、北斎なんかが描いた役者絵というのは、すばらしいです。それを現代の、今の力を使って実現したと。今でも「フィルムじゃないと」「ライカじゃないと」と言っている人もいますけど……、そりゃあいいですよ、どうぞ勝手にやってくださいと(笑)。こういう風な新しい表現をする、その時代のものを撮るならば、その時代の最先端の技術を持ったカメラで撮らなくてはと。そういう写真です。

 

大相撲 1995年:カメラマンが恫喝して撮った、たいへんな写真

このおすもうさんの写真、どうしてこんなにたくさんいるのかと。ありえない、パソコンで合成したんだろうと、そう思われるでしょう。ですが、これは本当に集まっていただいて、相撲協会70周年を記念して撮影したものです。この時代は相撲が本当に元気な時代で……今でも元気ですが……。皆さんがご存知の贔屓にしているお相撲さんが勢ぞろいしています。行司さんやスタッフ含めて1000人以上いるんですけれど、この写真も、先ほどの後藤久美子さんの写真で出てきた「シノラマ」という手法で撮影しました。この時は、大きな8×10(エイトバイテン)のカメラを3台使っています。後藤久美子さんのように1枚撮ってまた1枚と、カメラをふっていくわけにはいきません。8×10というのは、フィルムが雑誌ぐらいの大きさ。「せーの」でガシャンと3台のカメラのシャッターが同時におちるんです。撮った後、パソコンでつなげていくという作業をしました。

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▲左:白鳳 2008年 右:大相撲 1995年

 

──とまあ、言ってしまえば簡単なんですが、実際にやるのは本当にたいへん。各部屋の名簿を集めて、足元の紙に書いて、そこに立ってもらうと。でね、ピントがなかなか合わないんです。どうしてかっていうと、国技館というのは暗いんですよ。人工的な照明も当ててはいるんですが、デジカメと違って、フィルムというのは感度が200~400にしかならないんです。じゃあ、明るいレンズを使えばいいじゃないか、というわけですが、大きなサイズのカメラのレンズは明るくない。せいぜいF5.6。シャッタースピードがどうしても1秒半かかる。1秒半というのは、けっこう長いんですよ。これを、全員、動かずに、ブレずに、まばたきもせずに、というのは、たいへんな技術。いえ、技術じゃないです、カメラマンが恫喝している(笑)。「いきますよ~! 動かないように~! はいっ!」って。おすもうさんというのは、すごいですね。身体を地面にばーんと落ち着けて、微動だにしない。全員、瞬きもしていない……と言いたいところですが、よ~く見ると、一人だけいる(場内大爆笑)。探してみてください。

 

ACCIDENTS:60日間の複雑な心境がひしひしと伝わる「写真の力」

この部屋には、東日本大震災で被災された方々のポートレートを展示してあります。3月11日、僕は東京にいて、地震に遭った。テレビでは津波の惨状が次々と映し出される。このことをなかったことにはできない。でも、一体、僕にどんなことができるのだろう。そう考えると、暗い、重い気持ちになって、すぐカメラを持って行く気持ちにはなれなかった。そうこうしているうちに、2ヵ月が経った。土木専門の雑誌に「現場紀信」という連載をしていまして、その編集長が「とにかく行って、何か感じたものがあったら撮って。撮れなくてもいいじゃないですか」と背中を押してくれたんです。そして、被災地に行きましたけど、本当にすごい光景。4回行ったんですが、初めは写真が撮れなかった。だんだん、徐々に、この風景は、もしかしたら……、もしかしたら……、美しいのかもしれないと。そう思うようになっていったんですね。誰が作ったものでもない、自然が作った光景だと。悲惨とか怖いとか、そういうことではなく、新しい光景だと。そう考えると、ぜんぜん見え方が違ってきた。その光景は『ATOKATA』という写真集になっています。

 

風景よりも「人」を撮るのが難しかった。60日間というのは被災された方々にとって、それは複雑な時間です。家が跡形もない、親戚縁者がまだ見つかっていない。もう絶望しかないという気持ちと、ここからがんばらなくてはいけないという気持ちと、ないまぜになって、本当に複雑な心境でいらっしゃったことでしょう。そんな方々に向かって「ちょっとこっち向いて」「はい、笑って」と、そんな風に声をかけられる状況じゃない。でも、そんな方々の心境を写真に残しておきたいな、とそう思ったんです。そこで考えたのが、先ほども登場した8×10の大きなカメラを三脚にとりつけて撮影することでした。写真を撮ったらダメという方も多いわけですよ。「いいよ」と言った方だけ、「じゃあ、これで写真を撮らせてもらいますよ。動かないでくださいね」とだけ言って、ピントを合わせて、ガシャンと。2枚か3枚。僕が撮ったというよりも、写真機が撮ってくれた、そんな感じです。今でも写真を見ると、その方たちの心情が克明に残っている。これらの写真を見て、泣いている方も多いのですが、そういう心情がひしひしと伝わってくる、そういう写真です。こういうことができるのも「写真の力」だと、僕はそう思うんですね。被災された方々の、60日間の複雑な心境を撮れたのは「写真の力」だと。で、「写真力」という写真展の最後の部屋に、特別な経験をされた方々の写真を飾らせてもらいました。

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▲ACCIDENTSセクションでエピソードを語る、篠山紀信さん(2017年1月4日撮影)

 

この若いふたり(上写真中央)なんですが、僕が初めに被災地に行った時に、ほったて小屋のラーメン屋みたいなところで、男の子がやって来て「篠山さんですよね? サインもらいたいんです」と。「ふたりは恋人同士なの?」って聞くと、「ええまぁ」と。「じゃあ、結婚するんだ」と言うと、女の子のほうは「うんうん」とうなづくんだけど、男の子のほうは「んん? ああ?」みたいな……ちょっとアヤシイ感じになって(苦笑)。そしたら、女の子が怒っちゃって。「結婚しないの!?」って。「まぁまぁまぁ」と言って、やっと撮れた写真なんですね。で、載せていいっていうから、雑誌とかにバンバン出ちゃって、結婚しないわけにはいかなくなって(笑)。3年ぐらい前に、ふたりの結婚式の写真が送られてきて、「じゃあ、キューピッドじゃないかと。幸せになってよかったな」と。そして、1年ぐらい前に、また写真を送ってくれたんだけれども、今度は赤ん坊の写真。ふたりの。「幸せでよかったな」と。これも「写真の力」ではないかなと。もう、全部の写真が、写真の神様が降りてきたような写真ばかりなんで、ぜひ1枚1枚、ゆっくりご覧になってみてください。

 

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▲「GOD」セクションより、左から、ジョン・レノン 1980年、美空ひばり 1986年、森光子 2008年

 

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▲「BODY」セクションより、左:宮沢りえ 1991年、上段左から:黒柳徹子 1968年、Death Valley 1969年、Twin 1969年 下段左から:The Birth 1968年、Dancer 1965年、20XX TOKYO 2008年

 

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▲入口:ジョン・レノン オノ・ヨーコ 1980年 ※企画展はこちらの前のみ撮影可

 

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▲美術情報センター(3階、入室無料)でも「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」連動企画が開催中。関連資料コーナーでは『アサヒカメラ』を中心に、篠山さんの写真作品や対談などが紹介された雑誌が展示されています⇒こちら(2017年1月4日撮影)

 

篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE BY KISHIN
期間:2017年1月4日(水)~2月28日(火)
場所:横浜美術館
開館時間:10:00~18:00 ※2月23日(木)は16:00まで、2月24日(金)は20:30まで
休館日:木曜日 ※2月23日は開館
入館料:一般 1500円、大学、高校生900円、中学生600円、小学生以下無料
※毎週土曜日は高校生以下無料
※「篠山紀信展」の鑑賞券で、当日に限り「コレクション展」も鑑賞可
URL:http://kishin-yokohama.com/

 

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